生産性を上げて5時に帰る。

民間→小学校教員 毎日5時に職員室をさる。その実現のための『生産性の高い教師の働き方』を中心に呟きます。最小の労力で最大の成果を生み出す。目指すは ビジネスと教育の融合。

#53 ネセシティドリブン

f:id:saruteacher:20180510012244j:image

皆さんの耳にタコが出来るほど、僕が口にする生産性というキーワード。

 

 

つまるところ、こうです。

f:id:saruteacher:20180510012811j:image

 

教師が投下した時間・労力を減らしつつ、子どもの正の変化を伸ばすことができれば、それはすなわち教育の生産性向上です。

 

今回の正の変化とは、シンプルに学力

 

学力が上がれば上がるほど、教師の仕事は楽になります。それは、単純な指導労力の低減に止まらず、生徒指導的な機能をも発揮し、イレギュラー抑制にも繋がります。

 

そもそも、教師の最大のミッションです。

 

そのキーなるのは

必然性(necessity)

 

ネセシティドリブン=必然性が子どもを突き動かす

 

この考え方を念頭に置けば、もっと楽に子どもたちの学力を高められるし、ガッコーも面白くなってきます。

 

 

f:id:saruteacher:20180510020126j:image

話を、とあるヤンチャな少年に移しましょう。

彼は高校1年生。勉強はからっきし苦手だけど、バイトに懸命に励んで貯金をし、ついに念願のバイクを買うことに。

アレコレ改造して夢は…

f:id:saruteacher:20180510015445p:image

♩パラリラパラリラ

 

でも、もちろんバイクに乗るためには免許が必要です。そこで、彼はバイクの免許取得のために勉強を始めます。

 

そう、勉強なんてクソくらえと思っていた、この少年が勉強を始めたのです。

 

何故か?

 

それは免許が欲しいという必然性に突き動かされたからに、他なりません。

 

もし、バイクに免許制度がなかったら、少年は間違いなく勉強をしなかったでしょう。

 

彼が「まあ、バイク乗るからには、交通法規をしっかり学んでおかないとな…」なんて意識高い系少年でない限りは。

 

f:id:saruteacher:20180510021344j:image

ただ、

何となく学校へ来て、

何となく授業を受けて、

何となく宿題をやってきて、

何となくテストを受ける。

 

というサイクルから脱却させ、学びにネセシティ(必然性)という魔法をかけます。

 

それは、

その日の授業で習ったことを、授業の最後にテストをするというシンプルな形です。

そうすると、「覚えないと!」という意識が高まり、結果として覚えます。

 

僕が今取り組んでいる漢字集中速習もこの考え方です。

1日に8個新出漢字を習い、授業の最後にテストをします。そこで良い点を取るために、授業中に必死で勉強します。

満点を取りたいという、ネセシティに突き動かされて。

 

もし、テストがなければ何となく鉛筆を走らせるだけになるはずです。

それはネセシティが欠如しているからです。

 

Twitterで、本当に初期の初期の頃からお世話になってるsuzuさんのツイートに、そのエッセンスが、見事に凝縮されていました。

 

漢字、ローマ字、リコーダー、地図記号

いずれも小学校中学年での学習です。

「後でテストするしなぁー」というネセシティをかけておけば、子どもは覚えようとします。

 

f:id:saruteacher:20180510021121j:image

宿題も同様です。

「次の日にテストがある」という仕掛けをするだけで、宿題にネセシティがかかります。

学生時代、テスト前日に一夜漬けするアレと同じです。

テストはその授業で使ったものと同じでオッケー。

漢字集中学習でも同じで、翌日に同じテストをさせます。

「次こそ満点を取る!」というネセシティに突き動かされて、覚えようと必死で頭に入れようとします。

着目すべき点は、その日学校で受けた小テストで間違ったポイントを分析した上で練習に取り組めるから、効率が上がるということです。

 

そう、けテぶれはまさしくネセシティが猛烈に作用する仕組みだったのです。

宣伝宣伝♩ 

 

同じ箇所を3日間練習してテストを受けるということを1年間惰性で繰り返す漢字学習は、子どもも教師も負担な上に、効果が薄い。それはネセシティの欠如が一因であると感じます。

 

f:id:saruteacher:20180510022018j:image

現場では忙しい忙しいという声が絶えません。

しかし、それは生産性の低い旧来の方法の呪縛に囚われているからかもしれません。

 

小さな労力で、大きな成果。

この視点で考えると、ネセシティドリブンの考え方は必要不可欠であると確信しています。

 

ネセシティという魔法をかけるだけで、教育の生産性は間違いなく上がります。