生産性を上げて5時に帰る。

民間→小学校教員 毎日5時に職員室をさる。その実現のための『生産性の高い教師の働き方』を中心に呟きます。最小の労力で最大の成果を生み出す。目指すは ビジネスと教育の融合。

#30 生産性を上げて5時に帰る。

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        生産性?

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働き方改革』という言葉をよく耳にします。

しかし、この言葉に疑問を抱いています。

なぜなら、それは『教師の勤務時間を減らそう』という、一方的なものだからです。

 

そうではなく、『教師の勤務時間を減らしつつ、子どもの正の変化を増やして行こう』という、このWIN-WINな考えが『教育の生産性改革』です。

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教育の生産性は下のような公式で考えます。

 

 

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教師の時間・労力は有限です。

インプット(時間・労力)を適切に配分し、いかにして最大のアウトプット(子どもの学力・生活向上)を生み出せるか。

 

これが重要な鍵となってきます。

 

では、生産性を上げるための本質を抉り取って行きましょう。

  

仕事に取り掛かる前、脳内にこのような4象限のマトリクスを描きます。

 

 

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これは、元マッキンゼーの安宅氏の著者『イシューからはじめよ』の、バリューマトリクスをアレンジしたものです。

 

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ただ、教師にとって耳馴染みのない言葉が多いため、伝わりにくいのが事実です。

それを、噛み砕いてお伝えしたいと思います。

 

 

右の仕事と左の仕事

まずは2つの領域に分けましょう。

 

イシュー度(仕事の重要性)が低い仕事=左の仕事

この中には「やらない」という選択肢の仕事も出てくるでしょう。

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イシュー度が(仕事の重要性)が高い仕事=右の仕事

基本的にmustな仕事はこの中にあります。

 

 

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    イシューマトリクスの4領域

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左下のD領域

仕事の質、重要度ともに低いエリアです。

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ここには一番たくさんの仕事が存在しているべきです。

どうでも良い仕事は、投下する時間を絞ってテキトーにすべきです。

なぜなら、学校はどうでも良い仕事で溢れかえっているからです。

時間は有限です。

 

左上の C領域

仕事の重要度が低いのに質が高いというエリアです。

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ここは、no needなお仕事が居住するエリアです。

その仕事をすることによって、子どもの正の変化を引き出せるか?

こう問いかけて「いや、引き出せねぇな」って仕事はごまんと有ります。

 

またの名を『自己満足エリア』

だって、そうでしょう?

重要度が低いのに、時間と労力を投下しても成果は現れない。このエリアに、もし仕事があるのなら、それはD領域へと叩き落としてあげる必要があります。一番スカスカであるべき場所です。

時間は有限です。

 

右下のB領域

重要度は高いが、仕事の質は低くすべきエリアです。

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ここがある意味一番大切!

mustな仕事だが、イシュー度が低いというねじれが生じている仕事を見抜く必要があります。 

一見、A領域に入れても良い仕事を、いかにここへと叩き落とすか!

むやみにA領域へとどまらせていては、時間が足りなくなります。

その判断力を高めることが生産性向上への近道です。

時間は有限です。

 

語弊を恐れずに言うなら、意図的に手段の目的化に陥っても良いエリア。質を落としても目的を達成さえできればオッケーと割り切る仕事の居場所です。

 

 

やらなくてはいけないが、質は低くても良い仕事例

・ICTアンケート

・指導主事訪問の指導案

・道徳所見

 

今年度から始まった道徳所見は、mustな仕事です。

また、その質を高めれば、子どもの正の変化を引き出し得るbetterな仕事でもあるかもしれません。

しかし、これはトレードオフの概念を圧倒的に無視してぶち込まれた仕事です。

そこをどう捉えるか。

賛否両論あるかもしれませんが、僕はB領域の仕事に位置付け、作業的に1時間で終わらせました。

もしからたら4時間かけて、より良い質の高いものにすることも出来たかもしれません。

しかし、他の3時間を子どものために使ったほうが、トータルでの教育の生産性は高まると考えています。

 

 

さて、ここで別の視点を。

 
縦の仕事

縦の仕事=上(管理職)と下(クラスの子ども)にしか成果の表れない仕事のこと。

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上へ上へと仕事をすると、ゴマスリ教師になります。

下へ下へと仕事をすると、学級王国の教師になります。

 

多くの場合、縦の仕事はB領域へ叩き落とせます。

特に、上から落ちてくる仕事。

 

例えば◯◯スタンダードや、◯◯リーフレットといったもの。

 

一見重要度が高く見えるこれらの仕事は、結局のところ管理職(教育委員会)が組織の体裁を整えたり、目に見える形としてハードに残したいという『見栄』に端を発していることが多い。そういった意図が見え隠れした時点で、価値はゼロに近いと考えても問題はないでしょう。

 

一生懸命作ったスタンダードやパンフレットが、子どもたちに大きな成果をもたらすのか?

その答えはどうでしょうか。

 

冒頭の教育の生産性に照らし合わせると、残念ながらそれらは間違いなくB領域の仕事です。

 

右上のA領域

重要かつ質も高くあるべき仕事だけが、存在する事を許される

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です。

 

簡単にこの領域にしょーもない仕事を立ち入らせてはいけません。それは良い仕事をするために必要な条件です。

 

狙うは右隅です。

 

そこにあるべき仕事は何か?

 

これは間違いなく、

授業と学級経営

 

これらは互いに好影響を及ぼし合い、シナジー(相乗効果)を生みます。

 

逆に、どちらかが崩れると、自動的にその相方も崩れていきます。

 

学級崩壊を引き起こすと、教育の生産性はゼロになります。

 

それだけは避けなければなりません。

 

では、それ以外にはどんな仕事がA領域に存在することを許されるか?

コレです。

 

横の仕事

  横の仕事=投下した時間・労力が横展開していき、加速度的な成果が表れる仕事のこと。

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校内の他の教師や、自治体内の他校へと影響を及ぼし、その下の子どもたちへと成果が伝播していく仕事です。

 

横の仕事の例 

☑︎業務改善・・・・・・・・無駄な業務をカイゼンし、教師の時間を産む仕事

☑︎真の成果の出る研修・・・子どもの正の変化を引き出せるようになるような研修

 

 

時間を投下したら、それが後々全体へと還元されるような仕事と捉えれば良いと思います。

 

まとめ

『イシューからはじめよ』では、一心不乱に仕事をこなして仕事の質を上げようとすることを『犬の道』と揶揄しています。

(由来はおそらく『犬も歩けば棒に当たる』)

 

そうではなく、下のような矢印上に仕事を配置するイメージを持ち、適切に時間と労力を投下していき、成果を上げるべきなのです。

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これこそが

生産性を上げて5時に帰るための

猿の道

 

『歩んでは行けない犬の道』

に対して

『歩むべきは猿の道』

 

上手いこと犬猿の仲で対になるので、勝手にしっくり来ています。

 

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      希少資源『時間』

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未だにこの世界には『何事も丁寧に』といった美徳が存在しています。

時間は希少資源です。

学校現場は玉石混交の仕事達でごった返しています。

 

そういった環境の中、全ての仕事を愛でながら『何事も丁寧に』ふんだんに時間を注ぐことは、物理的に不可能です。

私たち教師は残念ながらターミネーターではないので、オーバーワークをすると心身が疲れます。

そうすると仕事のパフォーマンスも落ちてくるでしょう。

 

それにより不都合を被るのは誰なのか?

 

それは目の前の子ども達です。

 

 

だからこそ、教育の生産性が高い仕事を『選ぶことを選ぶ』という考え方が必要不可欠となってきます。

子ども達は皆、キラキラと輝く教師の下で学びたいと願っているはずです。

 

先日のセミナーで少し誤解を産んだのですが、『とことん無駄を切り捨ててドライに行こう!』ということを訴えているのではありません。

それでは面白くない。

自らの生産性を上げることによって生み出した余力で、読書の時間をとって自己研鑽を積んだり、子ども達を笑わせたりしながら、『とことん仕事を楽しんで行こう!」というスタイルが大切なのです。

 

これこそが、Work As Lifeという新しい仕事への価値観。

激しく儚く短い人生において、仕事をしている時間の比率は非常に大きいです。その時間をイキイキと楽しむのか、それともイヤイヤこなすのか。

そのどちらを選ぶかにより、教師の人生の充実度は大きく変わってくるはずです。