生産性を上げて5時に帰る。

民間→小学校教員 毎日5時に職員室をさる。その実現のための『生産性の高い教師の働き方』を中心に呟きます。最小の労力で最大の成果を生み出す。目指すは ビジネスと教育の融合。

#76 ティール組織を学校に

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ティール組織

今、話題のティール組織。

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

 

 

マッキンゼーフレデリック・ラルー氏のベストセラーで、新しい組織の在り方として大注目されています。

ティール組織では、以下のようなパラダイムを経て、ティールへたどり着くとされています。

 

 

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それを学級にあてはめて考えてみました。

おそらく、ティール組織を学校に当てはめて言語化するのは、日本初の試みのはずです。

 

 

衝動型(レッド)学級

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このパラダイムにおける、組織の原動力は「恐怖」です。

残念ながら、学校現場は未だに、こういった原始的パラダイムの価値観が、指導力として賞賛される現実が現存しています。

 

子どもたちは「怒られたくないから」という理由に突き動かされて行動します。

そこには、子どもたちの主体的・自律的成長という観点が決定的に欠落しています。

リーダーを立てても、教師がその頭越しに影響力を及ぼすので機能不全に陥ります。

メタファとして用いられるのが、オオカミの群れです。

 

以下引用

オオカミの群れはよい比喩だ。オオカミの群れはでは「アルファ・ウルフ」と呼ばれるトップが、自らの地位を維持するために必要に応じて力を使う。これと同じく、衝動型組織の長がその地位にとどまるためには、圧倒的な力を誇示し、他の構成員を無理やり従わせなければならない。

    ティール組織 P32 衝動型組織

 

特質的な点として、このレッド学級にとって、最も大切なものは「今」だということです。

 

学級担任は『今』クラスが荒れないことを最も重要視し、

学級児童は『今』クラスで怒られないことを最も重要視します。

 

繰り返しになりますが、これでは子どもの本質的な成長は置き去りになります。

しかし、これが賞賛される風土は、未だ存在しています。

 

順応型(アンバー)学級

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担任の価値観への忠誠さが絶対視されます。

一番わかりやすいメタファは官僚のシステムです。

先生の言うことは正しいから絶対だという価値観を持つかどうかが、担任の評価となります。

多くの場合、この担任の価値観は昔ながらのもので、過去に成功したことは未来でも成功すると盲目的になってしまっています。

しかし、時代は二次関数的な変化を遂げている真っ最中です。

そのような価値観のコミュニティの中だけで生きる子どもたちは、視野狭窄に陥るかもしれません。

また、先生のお気に入りか、そうでないかという理由からヒエラルキーが固定されることも想像に難くありません。

 

達成型(オレンジ)学級

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勉強でも、運動でも、とにかく結果を出そうと必死に指導するスパルタ・熱血タイプです。

子ども達の学力が伸びたり、運動競技においても成果が出たりと、クラスが躍動している様子が見て取れます。

普通に良いクラスです。

しかし、そういった熱意を持った強制力が、時に子どもの疲弊をもたらす可能性があります。

その流れについていけずに不信を溜め込んで漏れ落ちる子達が、ライダー化するのかもしれません。

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また、教師の指導力に依存しすぎるという側面もあるので、次年度以降の持続可能性に疑問符が残ります。

 

多元型(グリーン)学級

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教師からのトップダウンではなく、子ども達の多様性を認め、個々を尊重する文化を大切にする学級です。

成果ばかりを追い求めるのではないので、クラスに安心感がもたらされます。

メタファで用いられるのは、家族です。

共に助け合いながら、生きていこうという温かいマインドです。

さまざまな権限を子どもたちに譲渡し、リーダーを中心に運営されます。

 

進化型(ティール)学級

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ティール学級においては、ピラミッド型組織は消失します。

そして、クラスの中心には存在目的が鎮座しています。

その存在目的に紐つけられた個が、組織内で生命体のように躍動します。

生命を維持して子孫を残すというミッションを達成するために、それぞれの細胞が強みを生かして機能することと似ているかもしれません。

 

存在目的はクラスによってチューニングされるかもしれませんが、大局的には「みんなで成長しよう」というシンプルなものとなるはずです。

 

そこでは、必要性に応じてグループが出来たり、解散したりします。

問題を解決する力を持った子どもが、一時的にそこでリーダーになりますが、それはあくまでも一時的なもので、絶対的ではありません。

 

宿題も存在しません。

自律し、必要に応じた学習を自分達で考えます。

分からないことがあったら、個の強みを生かして教え合います。

 

教師は自律する学級の管理者です。

何も強制はしません。

 

このようなシステムを敷くことで、子ども達の真の自律性が育っていくのではないでしょうか。

 

実際にこのような学級を作り上げている仲間もいます。

 

課題

前回のブログ記事でも書きましたが、大きな問題はレッド教師指導力があるという価値観が現存していることです。

 

saru.hatenadiary.com

 

子どもの本質的な成長を阻害する、シュドゥント指導にエネルギーに費やすことを正義とするような価値観は、ゴミ箱に投げ捨てられるべきです。

 

しかし、こんな正論が現場で通用しないことも、また現実です。

それぞれのパラダイム間でマウントを取り合うエネルギーも、また無駄です。

 

僕の中で、答えは出ていません。

 

とにかく、それぞれがティールのレンズに換装して、学校現場の本質を見ることは大切でしょう。

 

しかし、その価値観を、錦の御旗よろしく振りかざしても、現場で歪みを生むだけです。

 

ティールのレンズへの換装をした人は、そもそも他者を貶めるようなことをしません。

 

まずは現場における他者へのリスペクトを忘れず、少しずつその価値観を染み渡らせることができれば良いのではないでしょうか。

 

果たして、爆発的な学校組織のイノベーションを起こすには、一体どうすれば?

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#75 シュドゥント仕事してませんか?

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仕事の4階層

仕事には以下の4階層があると考えます。

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マスト仕事=しなければならない仕事

やることがマストとされている仕事です。

子どもを大きく成長させるマスト仕事もあれば、マストなのに全く成長につながらないネジレ仕事もあるので、エネルギーの配分を心がける必要があります。

 

ベター仕事=絶対ではないがやったほうが良い仕事

学校現場に無限に存在するのがこの階層の仕事です。

教育の生産性が高い仕事を選択・集中して時間を投下すべき階層であるといえます。

全部やろうはバカやろうですね。

 

ノーニード仕事=やる必要のない仕事

いわゆる、自己満足仕事です。子どもの成長には全く繋がらないのに、時間をかけて質を上げようと頑張ってしまうシーンは、実はたくさんあります。でも、残念ながら学校現場には潤沢な時間という資源は存在していません。

 

シュドゥント仕事=すべきでない仕事

えっ!?すべきでない仕事!?

 

そう、今日、フォーカスするのは、このシュドゥント仕事です。

 

 

シュドゥント仕事の存在への気づき

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これを考えるきっかけとなったのは、運動会の応援指導です。

運動会シーズン、多くの学校で朝学習等の時間で、高学年の応援団の児童がクラスへ来て応援の仕方を教えるという活動がされているのではないでしょうか。

別に、ブログ読者の先生の学校にその文化が存在していなくても、本質はお伝えできるのでご安心ください。

 

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応援1日目

朝の始業のチャイムと同時に、応援団の子がクラスに入って来ます。

一通りの自己紹介を終えた後、少し緊張した面持ちで、応援歌やコールを教え始めます。

しかし、クラスの子(僕の勤務校は単学級なので、クラスが分割されて、5年生と2年生の児童が半々いる状態)は全然声が出ない。

 

少し前の自分なら焦って、クラスにいる子たちに

「もっと声出さなアカンやん!」

ってな注意をしていたと思います。

でも、ここは一言も発さず。我慢。そして黙々と丸付けをする。

そして10分が経ち、声はあまり出ないまま終了。

応援団の子は、「明日はもっと声を出せるようにがんばってください」と、ちょっとしょげた感じでまとめてくれました。

 

応援練習2日目

少し声が大きくなる

 

応援練習3日目

さらに声が大きくなる

 

そして・・・

応援練習最終日

最終的に、クラスの子たちは大きな声が出るようになりました。

 

そして応援団の子はこう言いました。

「とても大きな声が出るようになったと思います!この調子で本番もがんばりましょう!」

 

ここで初めて僕は口を開きました。

 

「みんな聞いてください。

先生はこの練習期間中、一言もしゃべりませんでした。

それは応援団のメンバーを信頼していたからです。

そして、みんななら絶対にできるようになると信じていたからです。

応援団のみんなの頑張りは本当に素晴らしかったです。

先生の力を借りずに、自分たちで責任を持って仕事をやり遂げる、これが高学年の姿です。応援団のみんな、ありがとう」

(あやふやですが、多分こんな感じ)

 

常態化する手段の目的化

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応援練習の目的とは何でしょうか。

 

大きな声が出るようになること?

 

実はそれは表面的な目的であり、本質的には手段だと考えます。

 

本質的な目的は子ども達の本質的な成長。

そう考えると、応援団の子ども達を中心として自律的に機能する能力を身につけることが真の目的にあるのではないでしょうか。

 

例えば、担任が応援団の子どもたちの存在をすっとばして、クラスにいる子どもたちを叱り倒して100の大きな声が出るようになったとします。

 

一見すると、大きな声が出ているので目的を達成しているように見えますが、これは失敗です。

いや、何なら「さすが◯◯先生ですね」ともなり得る案件です。

 

逆に、担任はほとんど介入せず、子どもたちだけで自律的に運営された応援練習を重ねた結果、80の声が出るようになれば、それは成功です。

 

この場合、前者の担任がやった『指導』は、完全なるシュドュント仕事であったと言えます。

 

気持ちは分かります。

「もし、自分のクラスの声が全然出ていなかったらどうしよう?」

という焦り、体裁、責任感。

でも、それは誰のための指導なのか?

 

自分を守るための指導にすり替わっていないでしょうか?

 

みんなの声が出ているという体裁を整えるために、子ども達の成長を置き去りにしていないでしょうか?

 

自分の頭越しに指導された応援団の気持ちはどうでしょう。

暗に「君には出来ない」というメッセージを投げかけることになっていないでしょうか?

 

企業の例

教育のシステムにおいては、生産性を高めることがマストな企業の方が優れていると感じます。

例えば、くら寿司

以下のような階層が存在し、指導は自分の1つ下の階層にしかしてはいけないということがマニュアルに明記されています。

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それぞれの階層のリーダーの指導力や責任感を高めるには、信じて任せることが大切なのです。

もし、自分の頭越しに自分が指導すべき従業員への指導がされると、一種の無力感に苛まれます。

「自分は必要ないのでは…」

これで力がつくはずがありません。

 

ファッション指導=シュドュント仕事

今回の応援団指導は、あくまでも一例です。

こういったファッション指導は学校にたくさん存在しており、それはシュドュント仕事なのだと考えます。

 

やればやるだけ本質的なマイナスを招くという、厄介な仕事と言えます。

 

本当はティール組織に絡めた話をしたかったのですが、長くなったので今回はこの辺りで。

 

次回は衝動型レッド教師をテーマに、問題を掘り下げていきます。

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#74 ブラック授業、してませんか?

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牛丼業界のトレードオフの明暗

 

2013年、すき家牛すき鍋定食という商品が、ある問題を引き起こしました。

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 全国でこんな状態の店が続出。

 

そして…

 

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人手不足から閉店する店が続出。

 

そのプロセスは以下の通りです。

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では、なぜすき家はこのような状況に陥ってしまったのでしょうか。

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その背景には、ライバル社の吉野家のある商品の存在があったと言われています。

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それは、牛すき鍋膳。 

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牛丼の価格競争をいつまでも続けていてはジリ貧になると感じた吉野家は、思い切って単価を上げた商品を投入する戦略を取り、それが大ヒットしたのです。

 

それを見たすき家「ほなうちも同じようなやつやるで!」となり、ソックリさんの牛すき鍋定食をメニューへ投入しました。

 

しかし・・・

 

すき家は見事に現場が破綻しました。

その理由の一つは、すき家のワンオペの存在。

吉野家は基本的に一人で店を回すワンオペはないのですが、すき家ではワンオペがあった。

残念ながら、すき家には牛すき鍋定食をメニュー化しても、店舗を安定運営するキャパシティがなかったのです。

 

これはトレードオフという概念を無視したものです。

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価格競争を諦め、高価格路線へシフトした吉野家

これがトレードオフの成功例です。

 

価格競争で勝利し、低価格路線を走っていたすき家

そこで欲張って無理に高価格路線にも参入したところ破綻。

これがトレードオフを無視した失敗例。

 

しかし、ここからの対応はさすが外食界の雄であるゼンショーグループ。

問題点を解決し、再び安定運営への軌道修正を成功させました。

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あれ、これ何のブログだったっけ?

教育ですよね?

 

安心してください。

この話が今から授業作りへと繋がります。

 

授業のトレードオフ

主体的・対話的で深い学びという言葉が出てきて以来、あちこちの指導案にその文言が踊るようになりました。

先に言っておきますが、僕はこの考えに肯定的です。

 

しかし、全ての授業において、杓子定規に主体的・対話的で深い学びをやってていいのか?

 

答えは、NOであると考えています。

 

ここでは便宜上、レーニング型の学びをその対義語とします。

 

2年生の、ある1時間の授業内容を紹介します。

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教科書です。

適応題が10問有ります。

 

そしてこれが終わったらワーク。

同じく適応題が10問。

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これを全員が授業内で終わらせようとすると、一斉授業に割ける時間は一体、どれだけあるのでしょうか。

 

そこに、主体的・対話的で深い学びを取り入れる余地はあるのでしょうか。

 

正直なところ『無い』と思います。

この授業においては、『十の位が空位の場合の計算が出来るようになる』ためのレーニング型の学びに力点が置かれるべきです。

 

要するに、レーニング型の学び主体的・対話的で深い学びは、一定のトレードオフの関係

にあると考えます。

 

その考えを元に、力点をしっかりと抑えて時間をマネジメントしないと、溢れ落ちる子が続出してしまいます。

「あぁ、いっぱい話し合いしたから時間なくなっちゃったね!はい、残り5分でワーク終わらしてねぇ!出来ない人は休み時間にやっといてね!」

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「んなもん無理に決まっとるがな!」

 

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勉強が得意なランナー層や自力でクリア出来るジョガー層の子は何とかなるでしょう。

しかし、勉強が苦手なウォーカー層の子にとって、これは相当な負担とストレスになります。

 

直しは溜まるは、遊びに行けないは、叱られるわ…

 

これを繰り返すと、担任に対する不信負債が溜まっていき、それがデッドラインを超えた時、その子はライダー化してしまうのではないでしょうか。

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今年初めて低学年担任をしています。

低学年担任にとっての大切なミッションは、ライダー候補の子をライダー化させないことだと、最近思うようになりました。

 

高学年が大変な理由の1つは、その前の段階でライダー化した子の存在にあると感じます。

 

牛丼業界と同じく、トレードオフの考えを持ち、どちらかに力点を置いて子どもたちに理不尽な負担のない授業デザインを心がけることが大切なのではないでしょうか。

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「教員の仕事は多すぎる!」

という声を上げる一方で、子どもたちに同じことを強いている現実は大なり小なりあるはずです。

十分な時間を与えずに、無理な量の問題をやらせるブラック授業してませんか?

 

それによる不信負債は、巡り巡ってお互いを不幸にする結果を招くことになるかもしれません。

しかし、それでは誰も得しません。

子どもと教師がwin-winとなる道を目指しましょう。

 

 

#73 30年後の未来から今を見る

 

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から衣 裾に取りつき 泣く子らを 置きてそ来ぬや 母なしにして 

                                万葉集より

 

歴史の教科書で取り上げられるこの有名な歌は、防人歌と呼ばれ、当時の人々の苦しい暮らしを表したものです。

 

奈良時代の人々のくらしはとても苦しいもので、租庸調といった現物での納税に加え、防人として北九州の警護という労働を課されていました。

 

母親もいないのに、子ども達を置いて九州へ向かわなければならなかった父親の悲痛な叫びが、この歌には込められています。

 

ツイッターを見ると、同じように多くの悲痛な叫びが聞こえてきます。

もしかしたら、未来において、これらのツイートは奈良時代の防人歌のように、今の教師の暮らしを伝えるものになるのではないでしょうか。

 

30年後、今の日本の教育の状況を振り返ったとき、どのように語られるのか。

 

これはあくまでも僕の予想ですが、価値ある事も価値なきことも、教師は全部やることを美徳とし、無償で死ぬほど残業していた悲惨な時代だったと語られるのではないでしょうか。

 

現在の給特法で規定された教職調整額4%の根拠は、昭和41年における教員の平均残業時間である8時間から割り出されたものです。

そこから教員の仕事は肥大化に肥大化を続け、現在では過労死ラインを超えて働くことも当たり前となってしまいました。

 

しかし、歴史を見ると、大きくクローズアップされた問題は、完全に解決されるとまではいかなくとも、改善されていくことがほとんです。公害問題然り、人権問題然り、国際問題然り。

そう考えると、今後教員の働き方問題は、大局的には改善へと向かうはずです。

また、AI等のテクノロジーの進化や、学校組織の改変といったイノベーションが、それを後押しする可能性もあるでしょう。

こうして、未来の教員の勤務時間は適正化されていくと思っています。

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そうなれば、教育界にとって、とてもハッピーな事です。

しかし、一個人としての僕たち教員は、今が全てなのです。

 

後で、「大変な時代に教師やってたんだね」と哀れみの目で見られても、今を生きる僕たちにとって、それは1mmの価値もないのです。

 

そんな苦難の時代を従順に生きるのか、それとも必死で抵抗して生きるのか。

 

どちらを選ぶも自由ですが、僕は後者を選択し、こんな記事を書いたりしているという訳なのです。

 

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僕には現在、1歳と5歳の2人の娘がいます。30年後に、もし今の時代にタイムスリップして、子どもたちの1日過ごす権利が売り出されたら、一体いくら出すのだろうと、ふと考えました。

 

おそらく30年後でも、タイムマシンは発明されていないでしょうし、1億円出してもそれは叶わないはずです。

VR技術等の発展により、擬似的にそういった体験はできそうな気はしますが。

 

我が子が、だっこをせがんだりするような本当の意味での子どもでいる時期は、ほんの一瞬です。

おそらく、10年くらいでしょう。

小学校高学年にもなれば、家族よりも友達のコミュニティを大切にするようになるのですから。

 

こうして未来に立って今を見た時、今という時間の価値は圧倒的に貴重なものになるのです。

でも、そういった貴重な今が、連続的に、そして無意識的におとずれる日常生活を生きていると、その価値に気づくことは、想像以上に難しくなります。

 

成果を生まない価値なき仕事に、その貴重な時間が侵食されることに、僕は怒りを感じます。

 

だからこそ、選ぶことを選び、教師として受け持つクラスの子どもと、親として受け持つ我が子の成長を最大化できるよう、時間というリソースを最適配分することを心がけています。

 

「学校の先生の子は荒れやすい」ということを、耳にすることがあります。

悲しいことですが、これは今日の教員の労働環境を鑑みると、必然性があると言わざるを得ません。

 

これは、選ぶことを選ばず、全部やろうとして失敗してしまった悲しい結末だと感じます。

 

トヨタの格言に、「人を責めずに仕組みを責めろ」というものがあります。

荒れてしまった子どもの親を責めるのではなく、その仕組みを変えていくことが大切だと思います。

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仕組みを変えていきましょう。

教員の労働環境を良くしようと、国に対してアクションを起こしている内田先生や妹尾先生のような方がいます。また、斎藤ひでみさん達のように、現場の一教師として改善を訴えている方もいます。

 

そして、僕たちフツーの教師ができることは、現場で訴え、現場で改善へのアクションを取り続けることです。

ツイッターで議論されることと、現場とのギャップに辟易とするといった声をよく聞きます。

しかし、そこで愚痴っていても、一つも前には進みません。

ツイッターだけの絵空事とせず、自分ごととして自分の現場でタブーを恐れずに発信して初めて、意味を持つのではないでしょうか。

 

タブーを叩き割りましょう。

 

ここで流れるわずかな血を恐れ、一生取り戻すことのできない貴重な今という時間を喪失することはもったいない。

僕はそう感じます。

#72 生産性思考向上ケーススタディ

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今回は、生産性思考を高めるためのケーススタディ方式です。

 

あなたがなりきるのは…

任用2年目 手崎 喜代子(24)

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小さい頃から手先が器用で、図工の成績はいつもAでした。

仕事が出来ると同僚からの評価も高い。

しかし、帰るのはいつも遅く、休日出勤もめずらしくありません。

 

そんな彼女になりきって下さい。

では、スタート。

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時は1月。

ついに冬休みも終わり、正月明けの初出勤です。

職員室に入ると、学校でイチバン仕事が出来ると評判の、ある先生が。

 

「あっ、若手A先生明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」

 

「あぁ、手崎さん。おめでとうございます。いよいよ3学期が始まりますね。冬休みは楽しめましたか?」

 

「はい、今年はエルサルバドルに行って来たんです。もう本当にあったかくて!」

 

「えっ!?エルサルバドルへ!?いやぁ〜実は私の故郷は・・・」

 

(中略)

 

8時半になり、朝礼が始まりました。

そこで教務主任のT先生からこんな連絡が。

「えぇー、実は書初め展の掲示物がかなり古くなってきているので、作り直した方がいいのではないかと考えています。そこでどなたかこの仕事をお願いできないでしょうか」

 

 

 

 

さて、あなたが手崎さんならどうしますか?

自分なりの考えを持って下さい。

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さあ、喜代子はどんな行動に移したのでしょうか?

 

 

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喜代子のクリエイター魂がうずきました。

「はいっ!私、やります!」

 

「おぉ、手崎さん、ありがとうございます」

と、坊主頭をペコペコさせるT先生。

 

 さっそく喜代子は、色画用紙を持って来てデザインを考えます。

「えぇーっと、ここはこうして、うーん、ヨシ!」

 

ー2時間後ー

 

「よし完成!」

すると同期で仲良しのcareer woman

「わぁ!さすが喜代子!メチャメチャ上手!」

と褒められて上機嫌になる喜代子。

 

真面目で定評のある、向かいの席のせいめい先生も顔を覗かせて

「おぉ、もうできたの?へぇ!すごいねぇ!」

 

「いえ、これくらい大したことないですよ」

と謙遜する喜代子。

 

そんな会話を横目に、今日もプロテインを一気飲みするRAIZAP先生

 

満足気な様子で、出来上がった「書初め展」の掲示物を見つめてハッピーな気持ちになった喜代子でした。

 

 

 

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喜代子は考えた。

 

(私は、色んなモノを手作業で作るのことが得意だし、好き。

でも、例え良い掲示物を作ったとしても、それが掲示されるのは書き初め展が開かれている2日間だけ。

それに、その掲示物のクオリティが高かったとしても、それは子どもの成長には全く繋がらない。)

 

喜代子は手を挙げて意見した。

「T先生!せいめい先生がPowerPointで作るそうです!」

 

「えっ!?えっ!?俺何も…」とテンパるせいめい先生

 

「おぉ、せいめい先生、ありがとうございます!PowerPointならセンスの良い掲示物がすぐ作れますからね!助かります!」

と、満面の笑みのT先生。  

 

同期で仲良しのcareer woman「やったね」のアイコンタクトを送ってきた。

 

訳がわからないまま、PowerPointを立ち上げる、良い人せいめい

 

そんな会話を横目に、今日もプロテインを一気飲みするRAIZAP先生。

 

 

 

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喜代子は腕組みして考えた。

(う〜ん、そもそも、書き初め展って、必要なのかな?

準備に相当時間がかかる割に、2日間しか開催されない。ベターな行事ではあるけれど、マストとは言い難い…よし)

 

喜代子は立ち上がった。

「T先生、1つよろしいでしょうか。

そもそも、書き初め展は絶対に必要な行事なのでしょうか。

毎年やるから、今年もやるという当たり前を疑ってみるのも1つではないでしょうか。」

 

「手崎先生、良い提案をありがとうございます。確かにそうですね。学期初めの忙しい時期です。もし、この行事を廃止したら、授業準備等に時間が回せますね」

と、T先生は思いもよらない意見に驚きつつも、その合理的な意見に共感を示した。

そして坊主頭をさすった。

 

「え、え、え、でも書き初めっていうのは、日本古来の…」と、書き初めの歴史を語り始めるせいめい先生。

 

「確かに、せいめい先生のおっしゃる事も大切。また、手崎先生の言うことも大切。

どう折り合いをつけていくかがポイントですね。最適解思考で考えていきましょう」と、career woman

 

そんな会話を横目に、今日もプロテインを一気飲みするRAIZAP先生

 

 

 

講評

いかがでしたでしょうか。

みなさんはどのケースと近い考えだったでしょうか。

 

ケース1

喜代子は全部やろう思考へと陥ってしまっています。また、自分の得意分野の生かし方を、少し間違っているようにも感じます。

時に自己満足的な仕事をすることは悪くないと思います。

しかし、いつもこの思考で仕事をしていてはいずれ行き詰まります。

「全部やろうはバカ野郎」

エッセンシャル思考を持つべきですね。

 

 

ケース2

それが子どものためになるかどうかという視点を持つことにより、仕事の優先順位をつけることができています。

 

またパソコンを使うことにより時間短縮を図ることができています。

そして、せいめいさんに仕事を振ることもできています。

 

ケース3

そもそも、この行事は必要なのかと言う、ゼロベース思考を、持つことができています。

学校は、どうしても前年踏襲しなければいけないと言う固定観念にとらわれがちです。

そこで、このように前提から疑うという視点も大切ではないでしょうか。

 

 

では、最後に若手A先生よりご挨拶をいただきます。

 

若手A先生、どうもありがとうございました。

 

#71 丸付けの生産性を極限まで上げる

 

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今回の記事では、今まで言語化していなかった部分も含め、とことん丸つけにフォーカスしてみました。

 

ポテトフライを作るな

地域差があるかもしれませんが、僕の勤務地ではワーク等で間違った箇所に付箋を貼る方法がスタンダードです。

 

そして、その付箋の箇所を見て、子どもは直しをします。

 

しかし、付箋がいっぱい溜まってしまい、ワークの上からたくさん飛び出ている状態のものをよく目にします。

これをポテトフライと僕は表現します。

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こうなってしまうと、付随動作(ワークのページをめくる、答えのページをめくる、付箋の貼り剥がし等)が爆発的に膨れ上がり、効率が著しく下がります。

 

また、子どものモチベーションも下がります。

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そう、ポテトフライを作ってはいけないのです。

 

そのためには

❶子どもに十分な時間を与えること

❷教師の丸付けスピードを最大化させること

この2点が重要です。

 

その実現のためのポイントを紹介します。

 

①苦手な子の宿題から丸付けを

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朝一に宿題の丸付けをすることが多いと思います。

ここでのポイントは、勉強が苦手な子の宿題から丸をつけること。

そうすることにより、個別で直す時間が十分に取れるようになります。

また、教師がマンツーマンで教えたり、友達のフォローを得たりしながら課題をクリアできる可能性が高まります。

 

複数ページにまたがった課題を出さない

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課題が複数ページにまたがると、ページをめくるという付随動作が混じるため、採点スピードが落ちます。

さらに、ここにはもう一つ大きな付随動作が潜んでいます。

 

それは「目線移動」

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複数ページにまたがると、目線があちこちへ向かざるを得なくなり、主動作が止まる時間が長くなるので避けるべきです。

 

なお、横長のプリントの時には、左右に半分に折った答えを置くと目線移動を短くすることができます。

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 ③教科書の課題(適応題)を時間制に

算数の一斉授業における一般的な授業の流れとして、中盤で教科書の適応題をさせるパターンが多いと思います。

「大問2の①〜⑩をやりましょう」といった具合です。

これが、全員が同じ量の課題をこなす定量です。

しかし、子どものスピードに開きがあるのは当然のこと。

そこで、有効な手段が5分で大問2の①〜⑩をやりましょう」という時間制。

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5分後にタイマーが鳴ったとき…

得意なAさんは全て終わっています。

平均的なBさんは⑧まで。

苦手なCさんは③まで。

 

5分で終わらなかった子はそこまででオッケー。

終わっているところまでで答え合わせをします。

みんなが次の課題に進んでいるのに、前の課題を引きずったままだと、焦りと負債を生みます。

適応題を全てやらないといけないというルールは存在しません。

 

最適解思考を持ち

「全部やらせた方が学力は上がるかもしれない。けれど、ここは割り切ってワークを終わらせることによってモチベーションを失わさせないようにしよう」

と、僕は考えています。

 

 ④そもそも付箋を貼らない

ほぼ全員がその時間のうちに課題を終わらせられるようになると、そもそも付箋を貼る必要がなくなります。

付箋がゼロの状態が当たり前という感覚を持たせると、このような好循環を生むことができます。

 

 ⑤丸付けを自分たちでやらせる

単元末に習熟が目的で、プリントを4枚やらせるような授業で有効な方法です。

これは子ども達を信用する必要があります。

そのためには、子どもたちにしっかりと話をしておかないといけません。

どんな言葉かけをするかは、もうお分かりだと思います。

課題の答えを教室前方の給食台に置いておき、子どもたちに自分で丸付けをさせます。

そして、直しまで終わったら、そのまま提出させ、教師も念のためサラッと目を通します。

 

丸付けを、自席ではなくパブリックな場でやらせること教師の最終チェックの存在によりズルをする子の気持ちにブレーキをかけさせる狙いがあります。

ただ、教師のチェックはほとんど形だけです。

先生が最後見ているという事実が大切です。

 

 ⑥授業5分前に問題を解くことを終了する

チャイムを終了のホイッスルにしてはいけません。

なぜなら、終わっていない中途半端なプリントがあちこちで多発し「後は家とか休み時間にやっといてね」となるからです。

できる子は良いですが、できない子からすればこれは非常に苦しい。

まず、子どもたちにとって、最も大切な時間である休み時間が奪われます。

また、学校で終わらせきれない子が、家で自力できるでしょうか。

授業終了5分前になれば、途中であっても全員一旦終了させます。

終わりきらなかった問題は赤でスラッシュを入れてあげます。

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もう、そこはやらなくてオッケーのサインです。

それ以外のところは、直しまでやらせます。

こうすることで、未消化の問題が残ることを大幅に減らすことができます。

 

⑦丸つけ界王拳

 

しかし、管理職からゴニョゴニョという相談を受けることがよく有ります。

以下の利点をしっかりと伝えることが大切だと思います。


【メリット】

❶学力

子どもへのフィードバックが早くなり、学力向上へ繋がる。

❷UD

間違いが多い子も見やすくなる。

❸時間的余裕

休み時間の直しがなくなる。

 

 

いかがでしたでしょうか。

2学期からの丸つけスピードアップに役立てていただければ幸いです。

#70 しるし書店で読書の生産性を上げる

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夏休みになって、「読書頑張ってます!」ってのよく見かけます。

でも、読んでるだけじゃもったいない。

さあ、本をチューニングしましょう。

 

❶しるし書店とは?

キンコン西野亮廣氏がプロデュースする誰でも店主になれる書店です。

 

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詳しくはググってみて下さい。

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僕の店はこんな感じです。

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こうやって陳列して、価格も自分で決めます。

基本的に定価にしています。

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本が売れたら、販売価格の10%が西野さんのポケットに行き、残りが登録した口座に振り込まれます。

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チャリチャリーン。

 

❷しるし書店のメリット

①自身の成長

出品というアウトプットを前提として読書をすることで、インプットの質は格段に上がります。

 

②信用の獲得

出品する→売れる

これだけで信用は高まります。

 

③コミュニティに良書を周知する

良い本はみんなに読んでもらいたいですよね。

それを伝えるツールになります。

 

❸運用のコツ

①コミュニティ向けにチューニングする

本にしるし(折り込み、書き込み、マーカー)を入れることにより、そのコミュニティにおける付加価値が高まります。

教育にバイアスをかけた書き込みをすると、より良いでしょう。

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さあ、勇気を持って本を汚しましょう。

今はフォロワー数が少なくても、先々1000人、2000人と増えていけば、信用は自動的に高まります。

ちょっと先の未来の自分を信じて。

 

SNSに紐つける

信用がある書店の本は、事実ソッコー売れます。

ただ注意すべき点は、しるし書店だけで信用を稼ぐのは無理ゲーだということです。

そのためにはTwitterFacebook等、一定の信用を得ているSNSに紐付けすることがマストです。

こうやってTwitterを広告気球として利用するとバッチリです。

 

③本の信用を高める

Twitterで発信して、コミュニティにおけるその本自体の信用を高めておくことも大切です。

 

④新しい本を出品する

当たり前のことですが、中古市場に溢れかえっている本より、まだ余り出回っていない新しい本の方が売れやすいです。

 

 

これはwatcha!の帰りに東京駅で買った新書です。

喋った内容と帯が一致しまくっていたのでふらっと手に取り買った一冊です。

 

❹お客様の感想〜あっぷるさんの場合〜

 

あっぷるさんが、Twitterで『魔法のコンパス』を買う時から、届くまでの流れを発信してくれていますのでご紹介します。

 

【買う時】

 

【届いた時】

 

喜んでもらえて嬉しいです^ ^

 

❺まとめ

メルカリやヤフオクは、匿名でお金を稼ぐためのツールです。

 

しるし書店は、実名で信用を稼ぐためのツールです。

ついでにちょっと小銭が転がってくるだけです。

 

しるし書店を始めれば、自身の成長の加速信用獲得が可能になり、読書の生産性が飛躍的に高まります。

 

この夏休みに、スタートしてみてはいかがでしょうか。